美味しい環境

漆黒の色合いが身上、
宮城の海苔と 旨味たっぷりの、むらさき

ネタの良さだけでは美味しいお寿司ができません

穏やかな美しい海が広がる仙台湾で養殖される宮城県産の海苔「みちのく寒流のり」。海苔の養殖は宮城県が最北の地域です。ツヤのある漆黒の色合いとしっかりした歯応えが特徴で、海苔巻や軍艦巻をつくるのに、なくてはならない大切な素材です。 宮城県の海苔は、全国で唯一、寒流 (親潮) で養殖されています。  また、寿司に欠かせない調味料が醤油。ソイソースという名称で、世界的にも評価が高まる、日本の食文化を代表する調味料です。寿司の世界では、透明感のある美しい色合いから「むらさき」という名で呼ばれ、寿司の風味を際立たせる大切な素材。県内でつくられる醤油は丁寧につくられた逸品です。宮城の真名物「仙台づけ丼」にも欠かせない調味料になっています。

宮城の海の幸が豊富なわけ

宮城県には、美味しい環境があります。

日本にある約3,000ほどの漁港の中で、国が水産業の振興のために特に重要だと政令で定めた漁港を「特定第三種漁港(特三)」と言います。全国で13ヵ所の特三漁港は、漁港全体の0.5%ですが、漁獲高は全体の約30%を占めています。 宮城県は、全国で13ヵ所の特三漁港のうち、3ヵ所を有しています。つまり宮城県は、日本で最も魚に恵まれた地域であると言えます。



宮城県寿司商生活衛生同業組合では、この恵まれた環境を生かして、安心・安全・美味しい『すし王国』となれるように、いっそう努力してまいります。

復興と仙台づけ丼

震災復興の願いを込めた逸品

みやぎの真名物 仙台づけ丼

堀切川一男教授。東北大学工学部の流体力学のプロフェッショナルです。
お仕事柄、日本全国を訪れる中、大分県で大分名物の琉球丼に出会いました。 これにヒントを得て「宮城の鮮度の良い魚介類で、旨い丼はできないものか?」と思案しました。 試行錯誤を繰り返して誕生した海鮮丼は、堀切川家の定番メニューになりました。

ある日、教授と仙台市職員との何気ない会話から、「宮城県の魚と米は世界に誇れる食材。 これを仙台名物として提供できる技術は宮城の寿司職人だけ」と考えました。 新たな仙台名物の商品化をゆだねられた寿司職人は、宮城の食材を生かした仙台づけ丼を完成させ、 2009年7月、仙台市内の寿司屋12店舗で提供を始めることになりました。 食材・漬けダレ・盛りつけは、それぞれが考案したオリジナル。評判は評判を呼び、仙台づけ丼のファンも増えていきました。

そんな時でした。2011年3月11日、東日本大震災が宮城県を襲ったのです。
そして素晴らしい食材を提供する宮城の海も大地も、大きな被害に遭遇しました。
4年が経過した今、仙台づけ丼は宮城県の参加店124余りの寿司屋が一丸となってご提供する統一メニューとして、 宮城の真名物となり、宮城県の海産資源とふるさと宮城全域の復興を支援するためにも、 祈りを込めて提供させて頂いております。




仙台づけ丼 公式サイト

3.11東日本大震災 津波浸水範囲

宮城県の津波浸水面積は、県土7,286km2の 4.5%に当たる327km2が浸水しました。

組合員におきましても 沿岸地域の数多くの店舗が津波の被害に遭いましたが、皆さまからのあたたかなご声援やご支援を受け、 ひとつひとつ苦難を乗り越えながら再興に取り組んでおります。



宮城県寿司組合では、沿岸部地域の寿司店の震災前後の様子と再興の軌跡を記録しております。 当時の体験談なども皆さまにご紹介しておりますので、是非ご覧下さい。
宮城県寿司組合震災復興ウェブ えにし

東日本大震災を乗り越えて ~被災店のいま~

気仙沼支部:ゆう寿司 加藤昌之さん      
石 巻支部:すし寳来 佐々木さん      
名 取支部:若草寿司 比佐幸悦さん (画像:ふしぎな石 出演者より)      
亘 理支部:鳥の海 浜寿し 太田政志さん

気仙沼支部
震災を乗り越え 復興に向けて故郷での再出発

 「津波は店舗の2階天井近くまできて、1階は完全に浸水した状態でした」。魚市場の近くにあった「ゆう寿司」の店舗兼住宅は 津波で流失。親方の加藤昌之さんは住まいと働き先を求め、家族とともに気仙沼を離れることを決意したといいます。加藤さんを 暖かく迎えてくれた京都で、10ヵ月の避難生活。2012年4月に気仙沼に戻ると店の再建の準備をしながら、組合メンバーで立ち上 げた「流され寿司握り屋衆」に参加。全国のイベントに出向き、被災地の声を届けるため寿司を握り続けました。そして2014年5 月、気仙沼で念願の新店舗をオープン。

10月には寿司職人の仕事を体験するツアーに開催店として参加。参加者に魚の仕入れから寿司を握るまでを体験してもらい、最 後は加藤さんが握った寿司と食べ比べ。「みなさんは気仙沼を存分に楽しんでいただいたと思います」と加藤さん。今後は気仙沼 の魅力を伝え続け、多くの方々に足を運んでもらいたいと話しています。

ゆう寿司
気仙沼市赤岩石兜32-14 定休日/日曜

石巻支部
お客様の笑顔で気づく 石巻の海鮮の旨さ

8メートル以上の巨大津波が襲った石巻市。 海水は旧北上川を遡上し、町はこれまで経験したことがない被害に。 すし寳来も2メートルを超える津波を受け、店舗は全壊。親方の佐々木淳一さんは「営業を再開するまでの半年間は 以前から取引のあった魚屋さんの一角を間借りして、持ち帰り用の寿司を握りました。広範囲の被災だったので町の人 たちと支え合いながらの生活でした。」と、当時を振り返ります。

 場所を移し営業が再開できたのは2011年10月。新しい店のある地域は50センチほどの浸水エリアでしたが、 石巻駅からも近い距離。ホテルが建つ通り沿いなので、県外や海外のお客様が新たなリピーターになりました。 「地元では当たり前に召し上がって頂いた寿司ネタの中には、他では手に入らない食材もあったようで、 とても喜んでくださいました。」震災後はお客様のおかげで地元の食材の素晴らしさを再認識したという佐々木さん。 今後は石巻を離れた人たちが戻ってくることのできる環境づくりや復興に寿司を通じて役立ちたいと話してくれました。

すし 寳来
石巻市千石町1-3
定休日/日曜

名取支部
周りのあたたかい声が 諦めかけた再開への後押しに

 国内でも品質に定評のある 閖上の赤貝。新鮮な赤貝を味わいに、市場近くの若草寿司へと足を運ぶ人が 多くありました。
震災直後、親方の比佐幸悦さんは、ものが散乱した店内の片付けを始めようとしました。しかし家族の安否が大事だと 思い直し、奥様と学校にいた子供の元へと急ぎました。学校へ向かう途中、迫り来る津波を目撃したそうです。 「あと少し逃げるのが遅かったら 助からなかった」と当時を振り返ります。家族の無事を確認し、店に戻ることができたのは 三日後。大津波の跡に残されたのは、お店の土台だけ。命があることが何よりだと感じたそうです。

画像:河北新報掲載 【ロイター通信社・共同通信社AP通信】
避難生活の中、寿司屋を休業して一時他の仕事をした比佐さん。 寿司を握って家族を養うのは厳しいと諦めかけていました。そんな中、無事を確認して泣いてくれた方、お店の再開を望む たくさんの声が届き、2012年1月に閖上さいかい市場で仮設店舗をオープンしました。お店には比佐さんの握ったお寿司を 心待ちにしていたお客様が集まっています。


若草寿司
名取市美田園7-1-1 閖上さいかい市場
定休日/水曜

亘理支部
生き残った「暖簾」に 再開の思いをのせて

 はらこ飯やほっき飯など郷土料理が評判の『浜寿し』。 震災前は、荒浜港のすぐ目の前に店を構えていました。  あの日、親方の太田政志さんは、まかないの準備中大きな揺れに襲われ、奥さんの佐知子さんと従業員で近くの小学校へ避難。 消防団に所属している太田さんは大きな余震が続く中、避難誘導などを行いました。 町は一気に大津波にのみこまれ、店舗と自 宅は波にさらわれます。 水が引き、家族と再会できたのは3日後。 基礎だけが残った店の敷地には、お店の再開を応援するかの ように『暖簾』が残っていました。

 再建場所や食材不足など様々な問題に直面しながらも、2012年4月19日に新しい場所で再スタート。 遠方から足を運ぶお客さん も多く、以前と変わらない賑わいです。 「震災前と変わらない新鮮な食材を、もっとたくさんの方に食べてもらいたい」と、復 興へ向けた強い思いを話してくれました。


鳥の海 浜寿司
亘理郡亘理町逢隈田沢字早川18-2
定休日/火曜